途上国とは、貧困とは何か?貧しいと言われる地域から考える

みなさん、こんにちは!松原(@matsubara_nobu)です。

日本を発ってから一週間が経ち、ついにインターンをしているNPO e-Educationの原点であるハムチャー村へ行ってきました。色んな人から「あの村は貧しい人がいっぱいいるよ」と聞いていたので、どんな村なんだろうと思いつつ、チャンドプールから車に揺られること1時間。広がっていたのは意外な光景でした。

 活気にあふれ、自然の「豊かな」村

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 僕は「貧困」という言葉を聞くとスラム街のような環境をイメージしてしまうのですが、どうもそれは見当違いなようです。たしかに、建物はきれいとは言えないけれど声を張って客引きをし、活気にあふれる明るい商店街。僕の目からはとても貧しい人々とは思えません。むしろ生活を楽しんでいるようにすら見えます。住民同士の距離も近く、コミュニティの暖かさも感じます。

e-Educationの先輩でラオスに渡航していた高木さんもこちらのインタビューで語っていますが、「生きていく上で迷惑かけることなんて当たり前なんだから支え合おう」という意識が地域にはあると。まさにそのような感覚です。

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 加えて、人の暖かみだけでなく自然の暖かみも感じることができました。村には緑があふれ、気持ちのよい日差しが差し込んでいます。いわゆる途上国と呼ばれる国では、しばしば自然に配慮のない開発が進められており、建物と植物、人々の組み合わせがいかにもミスマッチで見ていて違和感しかない発展の仕方がありますが、この村ではそれを感じませんでした。村を構成する要素がぞれぞれ淀みなく溶け込んでおり、「共存」とはこういうことを言うのかと肌感覚ですが理解できた気がします。

途上国とは、貧困とは何か?

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e-Education最初の教室

すると、滞在中こんな疑問が生まれました。

「途上国、貧困とは何か?」

 貧困と言われる地域の豊かな側面を目の当たりにすると、正直、途上国とか貧困とかってなんなのかよくわからなくなってきます。

確かに、出自など自分ではどうしようもない理由で教育や医療、食糧など最低限の生活水準にも満たない人(いわゆる絶対的貧困)がいることも否めません。これは個人に着目した絶対的な考え方であり、人間の安全保障という概念に照らしても一刻も早く対処されるべき課題です。

しかし、絶対的貧困の指標から抜け出し、相対的に水準を比べられるフェーズになったらどうでしょうか?経済的な指標で見たら首都より、また、他国より低い水準なのかもしれませんが、ハムチャー村のような地域は、首都や先進国がもっていない「価値」を持っています。「文化」とも言いかえられるかもしれません。先進国が発展の過程で失ったものを持っているため、支援を通してこの「価値」「文化」を壊したくはありません。相対的貧困の解決策として欧米諸国に倣って経済的発展をとげることが本当にいいのか?いわゆる途上国しか持っていないものは地球全体で考えたときに守るべき公共財と言えると思いますし、それを守るのも国際協力師の仕事なのではないでしょうか。