好きなことって意外と忘れちゃいません?ぼく、あんまり自分の好きなことわかってないんです

先日、こんな記事を読みました。

好きなものがないのではなくて、好きだと認める勇気が足りないんだと思うようになってきた。本当は好きなものはあるのに、外に出していないから自分でも気がつかなかったり、知らないうちに「自分が好きだというのは迷惑だ」と(我ながら何に迷惑かは謎だけど)蓋をするクセがついているのではないかと思っている。 わたしはハムが好きだ。|桜林 直子(サクちゃん)|note

 

 私は◯◯が好きだ

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みなさん、自分の好きなもの・好きなことってパッと答えられますか?

ぼく、この手の質問けっこう苦手なんですが、前述の記事をきっかけに「何が好きなんだっけ?」と少し考えてみました。

僕も筆者と同じく、なにかに夢中になっている人を見るとうらやましさを覚えることがしばしばありました。自分は他の人と比べて没頭力に欠けると考えているのです。

ではなぜ、そのように思うようになったのでしょうか?

実は僕、小学校のときにはひたすらゲームに没頭していました。ゲームが明らかに好きだったんですね、特にRPG。親に怒られながらもやめられないほどです。

ですが、中学後半になってゲームを徐々にやらなくなりました。部活で時間が減ったというのもありますが、いわゆる「ガチ勢」の存在に気づきはじめ始めたんです。

彼らの間では理解のできないような単語が飛び交っており、そのうち「ゲームってこういう遊び方じゃないとだめなのか」と思うようになった記憶があります。

それから「ガチ勢」に遠慮をしてゲームに手をつけなくなり、いまでは別に好きではないのでプレステを起動するのは映画のためですし、スマホにもゲームは入っていません(もちろん複数人で楽しめるゲームは機会があればやりますよ!)。

しかし、この好きなものが好きでなくなるまでのプロセスって全部自分の思いこみで蓋をしてるにすぎないということに気がつきました。

好きかどうかなんて他人と同じものさしで測る必要はないし、自分が楽しめるのであればそれは好きなことなんだと思います。どれだけ没頭して詳しいことまで知っているかなんてまた別の話です。好きであることの証明のためにNo.1にならなきゃいけないなんてハードル高すぎますからね。

f:id:nobuhidematsubara:20180102150530j:plainそんなこんなで、改めて自分の詳しさというものさしは取っ払って「何が好きなんだっけ?」「何してるときが楽しいんだっけ?」と考えてみると、僕の場合は音楽(特にピアノとチェロ)と料理が浮かんできます。どちらも全然上手くはないですが、自分で演奏・料理したり、Youtubeで動画みてるだけで1日過ごせます。

純粋にこういうことを「好き」っていうんだあとしみじみ。詳しくないと好きって言っちゃいけないと勝手に思っていた重荷がなくなってなんだか気持ちが楽になりました。

自分の好きなものは好きといって認めていくの大切ですね。

 

 みなさんもぜひ他人と比べず純粋に何をしてるときが楽しいのか、かんがえてみてください。蓋外してみると意外なものが浮かび上がるかもですよ。

それでは本日はここらへんで。