松原信英(まつばらのぶひで)のプロフィール

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みなさん、はじめまして。当サイト「等身大で、国際協力をものがたる」を運営しております、松原信英です。ご覧いただきありがとうございます!

本ページでは僕がどんな人なのかという紹介をさせていただけたらと思います。

松原信英とは?

略歴

・1995年 群馬県生まれ。18年間群馬で育つ。

・中学ではソフトテニス部、高校は学校行事の実行委員に注力。

・2014年 早稲田大学法学部に入学。同年5月にNPO e-Educationにジョイン。国際協力とNPOの世界に入る。

・2015年2月〜9月 同NPOでインドネシアに滞在。高校生向けの映像授業作成を担当。

・2015年9月〜2018年 大学のゼミで国際取引法を選考し、特に国際商事仲裁や交渉学を学ぶ。2017年4月まではゼミで学んだことを実務の観点から見たかったため渉外法律事務所にてインターン。

・2018年1月〜 国際協力への思いが捨てきれなかったため、休学してバングラデシュへ。現地のベンチャー企業で関数電卓やタブレットを高校生に向けて売りながら途上国のビジネスとNGOの活動について学ぶ。ブログもこの時期にスタート。

ちょっと詳しめの経歴

幼少期

1995年、群馬の田舎に誕生。田舎の代名詞ともいえる農家に生まれおち、0歳から18歳までしいたけとともに育ちます。

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小さなときは愛想をふりまくのが苦手で、どの写真をみても眉間にしわを寄せています。。。

小学生時代は特筆するようなことはしていないのですが、3歳から習っていたピアノをやったり、ゲームに熱中したりと比較的インドアな生活をおくっていましたね。

中学・高校時代

中学に入ると、ソフトテニス部に入り、小学校時代とは対象的に部活づけの毎日。3年間、文字通り朝から晩までソフトテニスをしていました。早朝は市営のコートで練習し、昼間は部活に参加し、夜はナイター施設がある体育館で練習などなど。

また、この時期にその後の人生に影響を与えるカンボジアとの出会いが訪れます。

僕が小中学生のときに、父親がカンボジアの農村に学校を立てるための活動をしているのを見て日本の田舎で育った少年が日本の外の世界を知ることとなります。

その活動の一環で父と姉がカンボジアに渡航する姿をみて、海外に行ったことのなかった僕は日本の外、特に途上国と呼ばれる国々に関心を持つようになりました。

一方、高校に入学すると、特に部活に所属することはなく、文化祭だったり体育祭だったりその学校の特色ある活動をやろうと思っていわゆる学校行事の実行委員を3年間務めました。

その中でも、印象に残っているのが文化祭の実行委員。1年次に配属が決まるのですが、配属されたのが「駐車場係」。

イベントステージや大規模な装飾、エントランスの大きなアーチの制作など、華やかな役職があるなか完全に裏方の仕事に回されます。1,2年のときはなんでこんな仕事やらなきゃいけないんだって思っていた時はありました。

駐車場がいっぱいになると駐車を断らなきゃいけないためドライバーもいらいらしてくるので謝らなくてはならず、みんなが会場で楽しんでる中なんで自分は会場の外でひたすら謝っていなきゃならないんだ!と思っていました。

しかし、3年目にして面白くないまま終わりたくないなと思って色々思考を巡らせた結果、発想の転換をすることで駐車場係を楽しむことに成功。

文化祭というイベントの本当の出入り口は名物のアーチではなく駐車場だ!と考えたら、最初にお客さんの期待をあげることができるのは自分だし、お客さんが帰る際に会場中で楽しんでもらったまま後味よく帰ってもらうための見送りも自分にしかできないという存在意義を見出し、楽しむことができました。

この経験から物事考え方次第で楽しくできると思えるようになり、その後の生活にも影響を与えています。

そんな生活を送っていたらいつの間にか中学のときに出会った途上国のことなんて忘れてしまっていたのですが、それを思い出させてくれたのがe-Education税所篤快さん。

大学生が一人でバングラデシュに飛び込んで現地でチームをつくって途上国の課題を解決するモデル。日本人主体ではなくて現地の人の現地の人による現地の人のための活動に惹かれました。素直に自分もこれをやりたい!と思いましたね。

そこで、税所さんについて調べていると、e-Educationの初期メンバーとの出会いについて書かれている対談記事が出てきたのですが、その中に「同じ早稲田大学の学生だし、一度会ってみようと思い」という記述があったのを目にすると僕は「早稲田に入ったら話し聞いてもらえるんだ!」と思い込み、高校3年夏にして志望校を変えて早稲田を目指すことに。

大学時代(現在)

そして、無事に早稲田大学に合格。2014年に入学しました。

すると入学と同時にe-Educationの広報を担当する国内インターンの募集がかかったので応募してみると、なんとか合格。

9ヶ月の国内インターンのあと、やはり現場をみたいということで2015年2月より同団体の活動でインドネシアへ。

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インドネシアではジャカルタ郊外のデポックという地域と、インドネシア中部のスンバ島という2地域で映像授業を用いた教育支援をしていました。

初海外ということもあり見るもの行くとこ全てが新鮮で海外の面白さ、途上国・新興国と呼ばれる国の雰囲気に飲み込まれていきます。

 

帰国してからは大学に戻ってゼミ活動に専念。

国際取引法のゼミで国際商事仲裁や交渉学といった紛争解決の制度・手段を学びます。

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活動をとおしてニューヨークやウィーンで開かれる模擬仲裁大会に参加するものの、海外のロースクール生にこてんぱんにされます笑

ただ、その中で武器にも盾にもなる法律の面白さと国際弁護士の業務に関心が生まれたため大会終了後は1年間外国法事務弁護士事務所(いわゆる渉外法律事務所)でお世話になりました。

 

4年になってからは大学院に進学しようと思っていましたが同期が内定を取り始めた夏前に「本当にやりたいことなんだっけなー?」と進路に迷い始めます。(遅い)

そんなときにちょうどお世話になっていたNPO代表からバングラデシュに来ないかとのお誘いをいただき、ほぼ即決。

 

そして、2018年には「国際協力」の道を追うために、2カ国目のアジア滞在としてバングラデシュに滞在しています。

このブログもこのバングラ渡航をきっかけにスタート。生の情報をお届けしたいなと思い開設しました。何かみなさんのお役に立てれば幸いです。

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