感性の鈍化

先日、バングラデシュやネパールを旅行する日本人の方とお話をしました。

その人は初めていわゆる途上国と呼ばれる国に訪れたのですが、そこで感じたことを聞いているうちに自分の感性にぶったなと少々危機感を覚えたので書き留めておきたいと思います。

 当たり前からは何も感じない

その方が言っていたのはネパール人家族の父親が海外に出稼ぎに行くことが衝撃だったということ。

父親が半年間ではあるものの家を離れるにあたって家族がとても悲しそうにしていたのが印象的だったそう。

そこから国内の雇用問題に関心を持つようにもなったそうです。

 

この話をきいて、頭ではわかるものの心では共感しきれないところがあり、自分の感性の鈍化を感じていました。

というのも、バングラデシュでは一家に一人くらい出稼ぎに行くのが普通で、僕のバングラデシュの友人の家族も誰かしら出稼ぎに行っています。20年以上働きに出ている人もそれなりにいますし、なんなら友人本人が過去に出稼ぎに行っていたこともありました。

正直、そういう環境がここでは当たり前なので、出稼ぎにいくという話を聞いてもいつの間にか驚かなくなっていたようです。

この出稼ぎの話だけではなくても、大学の5年間、国内にいようが海外にいようが途上国の話を浴びつづけて来たので、基本的には途上国に話で驚きや衝撃というのは起こりづらくなっています。

 

ただ、この驚きや衝撃がなくなるというのは課題意識も薄れることにつながるので危機感を持たなければならないと思っています。

 

慣れというものは仕方がないとは思うので、そのかわりに人に共感する力や客観的にものごとをみる冷静な頭が海外のように文化や環境が異なる場所で仕事をつづけていくには求められるなと思った出来事でした。

 

慣れはいい面も悪い面も含むことに気づき、それとどう付き合っていくかが大切ですね。

それでは本日はこのへんで。