言語学習から見る日本人とバングラデシュ人の違い

9月からバングラデシュで現地エンジニアの日本語教育を進めています。

1ヶ月近くバングラデシュ人が日本語を学ぶ様子を見ているのですが、その中で日本人が多言語を学ぶ過程とは少々プロセスが違うということに気づいたので本日はその点についてまとめてみたいと思います。

 授業内容

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そもそも、まずどんな授業を行っているかという前提に触れたいのですが、今回生徒であるエンジニアのバングラデシュ人はJLPT(日本語能力試験)の取得が目標ではなく、日本で働くことを目標としているため、アウトプットを中心に授業を進めています。

具体的には、バングラデシュのニュースを日本語でサマライズしたり、ダッカのおすすめの場所や食べ物の紹介文を日本語で書いてみた上で簡単なプレゼンテーションをするなど詰め込みではなく日本語を使う授業に特化しています。

彼らはこの授業に参加する前に数ヶ月間の日本語の勉強をすでにしていてJLPTの5級(1番ベーシックなレベル)には達しているので、ある程度のアウトプットにはついてくることができるのです。

耳から学ぶ

授業をしていて日本人と大きく異なるなと思うのが、耳から得る情報量が多いということ。

日本人は単語やフレーズは目で見て、何度も書いたりして覚える人が多いですがバングラデシュの人たちは、耳で聞いたものをひらがな、もしくはカタカナで書き溜めていく印象。

僕自身、英語を中学の時から勉強はしているものの、英語で聞いた単語をアルファベットで聞こえたまま書き出してみるという作業はほとんどしたことがなかったのでこの点はだいぶ学習の仕方が違うなと感じた点でした。

もちろん彼らも完璧ではないので「りょこう」を「りょこ」と書いたり、「プログラミング」を「プロゴラミンゴ」と書き表したりすることはあるのですが、半分以上は正確に聞けるし、書けているんです。

日本人なんて英語聞き取れる様になるまでに相当苦労するのに、バングラデシュ人たちは数ヶ月勉強しただけで会話で聞き返されることはあまりないし、この耳から学ぶ力の高さは圧巻ですね。

完璧を求めない

日本人はなぜだか文法も発音も完璧じゃなきゃ使っちゃダメみたいな印象を持つ人が多く、かつ完璧を求めているからこそ変な話し方をしてしまうと周りからバカにされることがありアウトプットにさらに抵抗ができてしまうことが多いです。

一方バングラデシュ人はいい意味で完璧を求めていません。間違えてもばかにすることはなく、むしろそこからみんな一緒に学ぶ姿勢がありますし、ひたすらに日本語を使おうと努力しています。

お昼ご飯とかも生徒と一緒に食べますが、教室の外でも基本的に日本語で話しかけてきて、日本語で説明ができなければその都度表現を聞いてくるといった姿勢。

詰め込み型の教育に比べてたしかにインプットのペースは遅いんですが、簡単なレベルでのコミュニケーションは着々と身につけているので結果としてこちらのほうが言語の習得は早いのかなと感じます。

まとめ

冷静に学びはじめて数ヶ月で日常的な会話ができるのってすさまじいペースですよね。バングラデシュは日常的にヒンディー語やウルドゥー語、英語など多言語にふれることが多く使いこなせる人も多いので、他言語を学ぶことに慣れているという面もあるかもしれません。

しかし、バングラデシュ人を見ていると日本人は言語を学ぶことを難しく考えすぎなのかなと思いました。

言語はもっと身近なものですし、もっと自由な学び方をしていいんだなと感じる1ヶ月でした。

それではこのへんで。